から買って、こちらの村へ戻るの途中というよりは、あちらのおばさんなり、姉さんなりというものがあって、それが、今まで秘蔵していたこの品を、仔細あって、あの娘に譲ってくれたものではないか。それは、かねての長々の約束であったか、或いは一時の話のはずみから出来たのかも知れないが、今日という日に、この品が確実にあの娘の手に落ちたので、それを持ち帰る途中、嬉しくって、幾度も幾度も取り出してはながめ、とり出してはながめ、ここへ来ては、その嬉しさが鼻唄となって、宙にかかえ込んで来たところへ、雲突くばかりの男が出て行手をさえぎった! それまでの光景が、白雲の眼に、手にとる如く映って来たので、いよいよ罪なことをしたものだと思いました。
白雲といえども、こういうたぐいの品が、どのくらい、若い娘の心を躍《おど》らせるということを想像しないほどのぼんくらではない。
若い娘でなくとも、こういうものに愛着を感ずる女の心は、たしかに実験を味わっている。よし、自分は嫁《かたづ》いて納まり込んでしまったにしてからが、なかなか手放せないものだ。それを甘んじて、この若い娘さんのために割愛した伯母《おば》さんなり、姉さんなりの心意気も、嬉しいものではないか。ことによると、あの娘が、最近しかるべきところへお目出たい話がまとまった、そのお祝いとして、この品を、あの娘に譲ったというような次第ではないか――そうしてみると、その二つを、ムザムザと自分というものが出現したために、無にしてしまっている。
返す返すも、気の毒なことだ、罪なことをしてしまったわい、という詫《わ》び心が、ムラムラと白雲の頭に起る。
そこでまた、それというのも一つは、白雲が、自分というもののために、自分の女房と名のついた女が、さんざんの苦労をしつくし、最後に、その髪の飾りの物まで、惜しげもなく手放してくれた苦い経験を、思い出さないわけにはゆかなかったと見えます。
ほんとうに惜しげもなく――貧乏ということの犠牲のために、女が身の皮を剥いで尽してくれるその惜しげもない心づくしというものが、白雲だって、今までかなり身にこたえていないというはずはないのです。
そこで白雲は、浦島太郎がするように、その小箱を小腋《こわき》にかい込んで――苦笑しながら娘の逃げて行った方面を見送っていましたが、それは、もう一つの理由からしても、あの娘の跡を追いかけて
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