のです。それが、底知れずに犯されて行く現場を見たいのです。
 偶然にそれを見ることができれば幸い、そうでない限りは、自分から――自分といっても、眼という器官だけのそれ自身では、自由行動の能力が無いから、とりあえず自分だけの持てる能力を極度に誘導発揚して、その心をそそのかし、そうしてこの四肢五体の主人公を動かして、退引ならぬ現状を作らせ――そうしておいて自分は一段高いところにいて、飽くまでその現状を凝視することを、むしろ必須の食物ででもあるかのように心得ているらしい。

         八十七

 その目的物を見ようとする途中の道草としての、この女化け物に、神尾が、かりそめの興味を呼び起してみると、梯子酒のように、その残忍性が募って来るのは、この男の持前です。
 パックリと口をあいた真中の眼が、力持のおせいというものが有するアブノーマルな肉体に向って、貪看《どんかん》を起しはじめたのが運の尽きでした。
「おい、お前、女角力《おんなずもう》というものを見たか」
「え、女角力でございますって」
「見たかじゃない、お前も、前生はその女角力で鳴らした仲間じゃないか」
「いいえ、角力はやりませんでしたが」
「角力はやらなかったが……その身体《からだ》で何をやっていたえ」
「何でもいいじゃございませんか、そんなことをおっしゃらずに、もう一つ召しあがれ」
「おやおや、御意見役が今度は、お取持ちになったのだな」
 主膳は、おせいがテレ隠しにすすめる酒を受けて飲み、
「女角力をやっていたのだろう。どこでやったい、神明かい、両国かい」
「女角力なんて、やりゃしませんよ」
「なあに、やらないことがあるものか、たしかにお前が、女角力の関《せき》で鳴らしているのを、両国で見たよ」
「え!」
「そうら見ろ、隠したって駄目だ、お前は両国で、後白浪《あとしらなみ》といって、関相撲を取っていたあれだろう、しらぱっくれても、こっちには種があがってるぞよ」
「それはお人違いでしょう、両国にもいるにはいましたけれど、角力なんぞ取りゃ致しません」
「隠すなよ、隠すと裸体《はだか》にして、証拠をあげて見せるぞ」
「隠しゃしませんよ」
「それじゃ、両国にいたろう、そうして女角力をとったろう、どうだ、その時のことを話して聞かせないか」
「そんなこと、お聞きになるものじゃありません」
「聞かせたって、いいじゃないか
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