また殿様のお力になって上げたり、それがまたこの子供さんたちの将来の教育のためなんぞにも、どのくらいいいか知れないと思います。七兵衛おじさんなぞは、大へん喜んでいて、もう自分も船住まいの身分になれるなんて言ってます。わたしも、話を聞いてみると、全くわたしたちの救いの神様のお船じゃないかとしか思われません。渡しに船と言います通り、わたしたちが、ともかく、今迄あんまり悪いことばかりはしていなかったおかげで、こんなしあわせが迎えに来てくれたんじゃないかと思います。なんにしても、駒井の殿様を真中にして、なんにも今までの約束や、窮屈のない船の世界が出来て、世界のどこへでも落着いて暮せようというのですから、こんな結構なことはありません。海の外によい土地があれば、そこへ落着いてもいいし、また帰りたければ、手前物の船でいつでも日本の国へ戻れるのですから、まるで、世界中を自分の家とするような生活じゃありませんか……」
 お松が、お松としてはかなりハズンだ心持で言うのを、郁太郎を抱いた与八は、黙って物静かに聴いていたが、
「うむ、そうかな」
「でも、治めて行く人が悪い人では仕方がありません、悪い人でなくとも、気心の知れない人では、いくらすすめられたからといって、大海へ出る船なんぞへ乗れたものじゃありませんが、駒井の殿様のお船でしょう、それも、駒井の殿様が御自身で御工夫なすって出来上ったお船を、あの殿様が好きな人だけを乗せて、御自分が宰領《さいりょう》して御出帆になろうというのですから、こんな大丈夫のことはありませんね」
「うむ、それもそうだな」
「それにまた、この小さいお子たちだって、駒井の殿様のようなお方のお傍で、教育されて行けば、出世のためにも、どのくらい幸福だかわかりません」
「それも、そうだろうなあ」
「善は急げと言いますから、そう決心したら早くしましょうよ、なるべく早く仕度をして、お暇乞《いとまご》いをすべきところは早く済ませ、一日も早く房州へ行こうではありませんか。明日から、その仕度にとりかかりましょうね、与八さん」
「うむ――」
 与八は、じっと黙って、暫くの間、考え込んでいたようでしたが、
「うむ、それは結構な運が向いて来たのかも知れねえが、おいらは……わしには、少し考げえたことがあるからね」
 与八にこう言われて、お松が狼狽《ろうばい》しました。

         七
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