い女だのう」
「さようなあ、悪いとは言えねえ。お寺の娘さんにも、お武家の娘御にも、商売人にも食い飽きた親玉が放さねえのだから、悪い容色《きりょう》の女じゃねえのう。百姓の娘にしてあれだからのう」
「百姓の娘だけに、うぶなところと、親身のところが、親玉のお気に召したというのだなあ」
「いいや、お蘭も、百姓の娘たあいうけど、てとりものじゃ、商売人にも負けねえということじゃて」
「親玉をうまくまるめ込んでいることじゃろうがのう」
「親玉ばかりじゃありゃせん、その道ではお蘭も、なかなかの好《す》き者《もの》でのう」
「はあて」
「お蘭もあれで、親玉に負けない好き者じゃでのう、お蘭の手にかかった男もたんとあるとやら、まあ、男たらしの淫婦じゃてのう」
「親玉のお手がついてからでもか」
「うむうむ、かえってそれをいいことにしてのう、今までのように土臭い若衆なんぞは、てんで相手にせず、中小姓《ちゅうこしょう》じゃの、用人じゃの、お出入りのさむらい衆じゃの、気のありそうなのは、まんべんなく手を出したり、足を出したりするそうじゃてのう」
「はて、さて、そりゃまた一騒ぎあらんことかい」
「どうれ」
「どっこい」
「もう一廻り、見て、お開きと致そうかいなあ」
「そうじゃ、そうじゃ」
「どうれ」
「どっこい」
こう言って、彼等は、煙草の吸殻を踏み消し、御用提灯を取り上げて、背のびをしたり、欠伸《あくび》をしたりしながら立ち上る。そうして、まもなく橋を渡って、あちらへ行ってしまう。一旦、平べったくなったがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵の身体が、この時また立体的になる。
「ハクショ!」
音が高い――自分の口をあわてて自分の左の手で抑えて、
「風邪をひいちゃった――だが聞き逃しのできねえ話をきかされちゃったぜ――畜生、どうしやがるか」
こう言って、いまいましそうに、御用提灯のあとを見送っていました。
こうしてみると、御用提灯の連中、言わでものことを、わざわざがんりき[#「がんりき」に傍点]のために言い聞かせに来たようなものです。
五十四
がんりき[#「がんりき」に傍点]の百も、この柳の木の下へ、風邪をひきに来たものでないことはわかっている。何か野郎相当の野心があるか、そうでなければ進退に窮することがあって、よんどころなくこの柳の木の下へ立寄ったものに相違ない。
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