お腹のすいていたということをさとる始末です。
 それでも、お雪ちゃんにしても、久助さんにしても、お救《すく》い米《まい》を貰いに行く気にはなれないのです。こんな非常の際とはいえ、なんだかきまりが悪くて、風呂敷や、袋をさげて、焼跡へお救い米をもらいに行く気にはなれないが、さりとて、着のみ着のままで、焼け出されの旅の身、親類が一人あるというわけではなし、明日からの当座の宿所はお寺ときまっても、それから後がまた心配です――故郷までは長い道のり、たよりをすることも、金を取寄せることも、この場合、間に合うはずがありません。
 よし、忍んで、お救い米にありついたとしてからが、それが幾日つづこう。
 路用や、貯《たくわ》えの一切を焼いてしまった上に、せめて、頭の飾りとかなんとかひとくさでも残っていれば、多少とも急場を救うの金目にならないとも限らないが、それすら無いのですから、一時はこうして人の好意につながっていても、不安が目の前についている。
 どうしても、何とか当座の凌ぎをつけておいて、久助さんを国へ立たせなければならぬ。
 久助さんを国へやるか、この地で飛脚を頼むかするよりほかはないが、飛脚では安心のなり難いこともある。ぜひ、どうしても久助さんに行ってもらわねば……先日は、かりそめに邪魔にした久助を、今は、一にも二にも恃《たの》む心になったのも勝手なものだが、その恃みきった久助さんとても、仮りに最大速度で走ってくれたところで、往復に二十日はかかるでしょう。
 その二十日の間――二十日たって帰るものならいいが、今の時節、途中で、もしものことでもあったらどうしましょう。
 この際に、お雪ちゃんが、「遠くの親類より近くの他人」という諺《ことわざ》をしみじみと思い、身に沁《し》みました。
 親類でも、実家でも、遠くにあってはなんにもならない。これは、いっそ、近くの他人……他人へすがるよりほかはあるまいけれど、こんなところで、すがるべき他人を見出すことがむずかしい。どうしたものだろう――お雪ちゃんは思案の揚句、ふと胸に浮んだのが、白骨温泉に滞在している人たち、わけて北原さんのことです。

         三十三

 白骨を出る時は、こっそりと、だしぬけに出て来てしまっているから、皆さんも気を悪くしていらっしゃるだろうが、それには、そうしなければならぬわけがある。でも、なにも皆さんのた
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