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心には、思い定めたけれども、胸はいよいよ不思議でいっぱいです――あの、夏以来、温泉場の座持であったイヤなおばさん、あの人の最期《さいご》を考えてみると、何から何まで合点《がてん》のゆかないことばかりです。
浅吉さんが死んでまもなく、あの無名沼にイヤなおばさんの死体が浮いていたということ、たしかそれを引き上げて、宿でお通夜があったとか聞いていたが、その時、自分はとても、傍へ寄って、あのおばさんの死面《しにがお》を見る勇気はなく、それに、あんなものは出世前の人は見ないがよいなんて、北原さんあたりも言うたものだから、自分は逃げてしまったが、それからどうなったのか聞きもしないし、聞かせてくれた人もありません。
多分、もう、疾《と》うの昔に人が来て、その死体を引取ってしまったこととばっかり思っていたのに、今日このごろになって、あの死体に行当ろうとは、どう考えても腑に落ちないことばかりです。
人違い――となれば万事は解決するが、一目見ただけのお雪ちゃんの印象で、どうしてもあの人が、イヤなおばさん以外の人であるとは思い直すわけにはゆかないのです。けれども、もし本人であるとすれば、時間に於
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