れはそれとして、お爺さん、いやな名前ですけれども、この白川郷のうちに、畜生谷というところがあるそうですね」
そう言った時に、老人の面《かお》に、何とも言えぬようないや[#「いや」に傍点]な色が現われたので、お雪ちゃんがハッとしました。
五
その何とも言えない、いや[#「いや」に傍点]な色を見て、お雪ちゃんは急に、言わでものことを言ってしまったと、自分ながら気の毒と、それから一種の羞恥心《しゅうちしん》というようなものに駆《か》られ、我知らず面を赧《あか》らめて、だまってしまいました。
畜生谷と言われて、何とも名状し難い嫌な色を、面に現わした老人は、暫くうつむいていましたが、
「人は、いろんなことを言いますねえ。それは、広い世界とはかけ離れたこの谷々の間のことですから、風俗も、それぞれ変ったことがございましょうよ」
「でも、畜生谷なんて、いやな名前ですねえ、ほんとに」
と、お雪は慰めのような気分で、老人に向って言いかけたことほど、老人の不快な色を気の毒に思ったからです。気の毒に思ったといううちには、もしかして、この老人が、その世間の人の悪口に言われる畜生谷の部
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