道庵の方では、友様の野郎をまい[#「まい」に傍点]てやったと大得意でふざけきっているが、米友の方では、その忠実厳正なる責任感から、血眼《ちまなこ》になって主と頼む人の行方《ゆくえ》を探し廻ったことも、一度や二度ではありませんでした。
 これは道庵としては、甚《はなは》だ罪のあるやり方ですけれども、一方から言えば、忠実すぎ、厳正すぎる監督者の眼をかすめたくなることも、日頃、品行方正な道庵としては、せめて旅行中ぐらいは、大目に見てやらなければならぬ事情もあります。
 今朝は、まさしく、その前例と違って、道庵の方で米友を見失ったので、道庵が米友をまいた[#「まいた」に傍点]のでないことはわかっています。そこで、さしもの道庵も少々しょげて、
「はて、友様はどうしたろう、あれから、ああして、あの時までは、あれだったが、ああしてその後が……『水祝い』の時は、奴、いなくってよかったと思ったが……奴がいてごろうじろ、軽井沢の伝で、棒切れを振り廻された日には、せっかくの御趣向が水にもならねえ、あの時ばっかりは友様がいてくれねえのがお誂《あつら》えだと思ったが、はて、それから、ちょっと外へ出てくるから許してくれと、言われた覚えはあるようだが、それから後――奴、出て行ったらどうしたって、その日のうちには帰って来ねえような人間ではねえ、三時間で済む用事は、一時間半で済ましてくるだけの、目から鼻へぬけたところのある野郎だが……それがお前、一晩、わしをおっぽり出して帰って来ねえなんて、全く今までに例のねえことだぜ。一晩泊り込んで、きまりの悪い顔を見せるような代物《しろもの》とは代物が違うんだが……第一あの男の気性として、御当人はとにかく、仮りにも主と頼むこの道庵を、一晩たりとも置去りにして、よそへ泊ることのできるような男ではねえ、それが昨晩はいなかったんだぜ、こいつは一大事だ、あいつがおれをおっぽり出して外泊するなんてえことは、まさに一大事でなければならねえ、何か間違いが起りはしねえかなあ。間違いが起ったとしても、あいつのことだから、自分が怪我をするようなブマなことはねえにきまっているさ、だが、気が短けえし、人間の見境がつかねえから、むくれ出すと手におえねえ――なんにしても、こいつはこのままじゃあおけねえ、今までは道庵がずいぶんあの男に世話を焼かせたが、今日はどうしても、こっちがあいつに世話を
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