くか、公家の世となるか……そなたも、諸国を歩いている、そちの見るところの形勢では……」
「拙者共には、いっこう天下の形勢などわかりませぬが、しかし、もはや関東の勢力も末で、世の改まるのは時間の問題に過ぎないとは、誰も感じているようでござります」
「その通り、武家の政治にはみな倦《あ》きた、武家自らも、わが身でわが身が持扱いかねている、そうすれば当然、政権は公家の手に戻り、大日本は一天万乗の君の御親政となる。そちは、それを悦ばしいとは思わぬか、早く、左様な時勢の来ることを望む気はないか」
「それは、いずれの贔屓《ひいき》という儀はござりませねど、人民一般のためより言えば、斯様《かよう》な内憂外患の不安極まる世が明け渡って、天日を仰ぐような朗らかな時勢が来ることを、望まないはずはござりませぬ」
「それそれ、遠からずその世が来るのじゃ、夜が明けますぞ、北条、足利の時代が終って、万民の待ち望む中興の時代が来るのは、ホンの目睫《もくしょう》の間《かん》である」
 貴公子は、慷慨と共に前途に希望を置いて、おのずから、昂奮を禁じ得ざる態度であります。しかし兵馬は、自身、風雲児をもって任じておらぬだけに、この問題には、いつも、かなり冷静に見もし、聞きもしておりましたものですから、この時も、極めておとなしく言葉を加えてみました――
「しかし……かりに徳川家が倒れましても、第二の幕府が起るようではなんにもなりませぬ。北条が倒れて、後醍醐《ごだいご》天皇の御親政は、ほんの僅かの間、また足利氏が出て、武家でなければ治まらなかったのではありませぬか。今、かりに、江戸の幕府が倒れても、長州とか、薩摩とかが代って天下を取るようになりますと、つまり公家の御威勢を肩に着て、やはり武家の世になってしまうのではござりますまいか。この点は、公家に於て、よく御考慮なさるべきところじゃと、心ある人はそれを憂えているようでござりまする」
「そこじゃ、それそれ、次の時代を中興の時代とするはよいが、漁夫に利を与えてまた足利にしてやられてはならぬ、公家の英雄をして、遠く護良親王《もりながしんのう》や、近く中山忠光卿のあとを踏ませてはならぬのじゃ……公家に人ありや、否や」
 貴公子は再び慷慨に落ちた時、馬は美女峠の高みに立って、飛騨の平原を見おろしておりました。無論、高山の町の夜が眼下に見える。
「あれ、火が……高山の
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