あの号泣の声の嗄《か》れ尽す時がいつであるか、それをわたしは知ることができません。あの溢《あふ》れ出ずる涙の川のせき止まる時がいつであるか、それも、わたくしにはわかりません――そこで、わたくしは、泣いているお銀様に、土蔵の下まで行って、黙ってお暇乞《いとまご》いをして出かけて参りましたが、無論、弁信さん、お大切《だいじ》に行っておいでなさいとも、おいでなさるなとも御挨拶はございませんでした――私も、また、どうぞ、この際、あの方に泣くだけ泣かして上げたいと思いまして――あの絶大な号泣を妨げるのはかえって、わたくしの出過ぎである、冒涜《ぼうとく》であるというように感じたものですから、お暇乞いの時も、わざと言葉には一言もそれを現わしませんで、心の中で快くお別れを告げて参りました。快く……ほんとうに今度は快くお別れをして参ったと申しますのが、いつわらざるわたくしの心情でございました。人様がそれほど泣いていらっしゃるのに、それをあとにして快く出て来たなんぞと申し上げますれば、さだめて皆様は、わたくしを憎い奴だとお叱りになることでございましょう。さりながら私は、本気に快く出かけて参りましたことをい
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