《ひきこも》っているということ。
 これが、奥方が結婚最初からの約束でもあり、自分の理想でもあったらしく、そこに引籠って、その生活を楽しみ、仏学を究《きわ》め、和歌をたしなむことに、余念がないという。
 主人へは、そのお気に入りの者で、賤《いや》しからぬ召使の女、それは主人が、かねて内々目をかけていた若い娘を推薦して置いて――事実上の円満離縁をテキパキと手際よくかたづけて、この新生活に入ってしまったのです。
 それは上述の如く、結婚以前に、世継《よつぎ》が定まる機会を待って、この事あるべき充分の理解が届いていたから、当主も干渉を試むる余地がなく、かくて理想通りの――形をたれこめて、心を自由にする新生活が得られたわけです。さだめてお淋しいことでしょうという者もあれば、ほんとにお羨《うらや》ましい身分という者もある。
 惜しいという者もあるし、惜しからずという者もある。
 同じ隠退なら、尼寺にでも入りそうなものを、あの水々しさそのままで行いすまされようとなさるのはあぶない。
 銀杏加藤の家ではない、実は夫人の生家の方が、加藤肥後守の、現代に於てはいちばん血統に近い家柄であるということは、誰
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