いが、その時の調子で、眼先の景気だけに取られるのはよくない」
「そうですね、いま、割が悪いと思っても、直ぐにまた、よくなることもありますね、今時、ずっと景気がいいからといって、それが幾年も幾年も続いていられるかどうかわかりましねえ」
「そうだとも、今、梅よりも桑がいいからといって、あの見事な梅の老木を伐《き》り倒し、桑を植えかえちまうなんていうのはほんとうに、眼の前だけの勘定だ、きっと、いまに後悔する時があるよ。そればかりじゃない、この裏の成木というところの山を掘れば、いい石灰が出るというんで、昔は江戸のお城普請にまで御用になったものだが、それをいい気になって、近頃は山師が入りこんで、その石灰山を買占める、正直な山持たちは、山の売値がいくらか割がいいというところに釣込まれて、山師に山を売ると、山師が黒鍬をつれて来て、山を掘っくらかえしてしまう、美しい天然の形をしていた山が、デコボコのギザギザ山になってしまって、それからは何の木を植えても育つことではない。杉を植えたり、雑木を植えたりしておけば、ちょっとの間には目に見える儲《もう》けはないとしても、何十年、何百年の間に、植えかえ植えかえす
前へ 次へ
全514ページ中445ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング