がら、海を見ると泣けるのも無理はないと思います」
「うむ……そうだろうなあ」
「それは、わたしが山国にばっかり育っていたせいではありますまい、誰でもその通り、海を見ると悲しくなるのです。哀れなりなにと鳴海の果てなれば……という歌もあの笠寺の額に書いてありました。いかに鳴海の潮干潟、傾く月に道見えて……と太平記にもありますね。ほんとうに高貴な地位にいた人が、囚《とら》われの身になって、今日か明日かの命の瀬戸に、この海辺の旅路を通る心持――それが思いやられずにはおられません」
「うむ……」
「兄さん、お前さん、旅をして歩いて、悲しいと思ったことはない?」
「あるよ、それはあるよ」
「悲しいと思った次に、ツマらないと考えたことはない?」
「そんなことも、あるにはあるようだ」
「ツマらないと思った次に、死んでしまいたいと思ったことはない?」
「さあ――おいらにゃあ、死んでるのか、生きてるのか、わからねえことがあるよ」
「そうですね、わたしたちだって、ほんとうに生きているのがいいのか、死んだ方がいいのかわからないことが、不断にありますよ」
「人は死んでも、魂というものが生きてるからなあ」
 ここ
前へ 次へ
全514ページ中416ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング