があるじゃないか」
「そうさなあ」
「だから、父《ちゃん》が無くたって、子供は出来るんだぜ」
この話をお松は立聞きをして、ある時は吹き出したくなり、ある時は恥かしくなり、ある時はまた身ぶるいをするほど怖ろしくなりました。
これら、無心の子供に言わせる社会相。
子供が出来ても食わせられないが、子供は産れるものだ。
この子供らは、子供の生れる性の知識には暗かったからいいようなもの、これでも出産の結果の負担の重いことを、家庭から深刻に吹き込まれている。
産れたものは、食わせなければならぬ。その家々で食わせられなければ、他の方法で食わせて生かさなければならないものだと思いました。食わせられないがために、生かしては置けないということ、そういう場合には間曳《まび》いてしまうが、むしろ慈悲だという考えは、どうしてもお松に同意の余地を与えないものでありました。
産れた子は、きっと育てられるように、家々の生活を保証させてやらなければならぬ。家々でやれなければ村々で……村々でやれなければ、お上《かみ》の手で……どうしても、そうしてやらなければならないものだと、お松は考えさせられました。
人間を多く産まないようにすることができないならば、家庭を富ましてやらなければならぬ、家々の生活を楽にしてやらなければならぬ、それには、どうしても土地を富ますように、その土地から、よき職業と、よき産物を見出して、生活を楽にしてやりさえすれば、この悲惨は救われるはず――お松は、日頃考えていないことではなかったが、今の無邪気な、怖ろしい会話を、子供の口から聞かせられた時に、一日の急のように、強くそのことを感ぜしめられました。
そこへ、ノソリと入って来たのは、海蔵寺から帰った与八です。
六十
その翌日、東妙和尚と、与八と、ムク犬とが相携えて、吉野村へ梅を買いに行きました。
村へ入ると、千樹の梅林――それを東妙和尚がいちいち見立てて、持主と値ぶみをする。協定が済むと、サラリサラリと代価を払う。
梅はもとより移植するためではない。代価を過分――といっても、材木や、薪として売り飛ばすよりは過分な代価を払っての上に、倉敷料としての見つもり若干を与えて、そのままにし、季節に実を取るだけの約定なのだから、売ってかえって保護をされているようなもの――取引も至極円満に進行して行きまし
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