た米友が応答に窮してしまいました。
実は、鳴海という固有名詞であびせかけられたのに、先手を取られてしまった形で、彼はこの時まで、地名ということに、全く白紙でおりました。そこへ、先方から鳴海と聞かれてしまって、自分の書くべき文字が無くなってしまったという形です。
「おかみさん、ここはいったい、何というところですか」
笑止千万、先方から礼を厚うして、尋ねられた相手に向って、脆《もろ》くもこちらが兜《かぶと》をぬいで、白旗を立てたような有様で、器量の悪いこと夥《おびただ》しい。
「まあ、お前さん、ここの土地の方ではないのですか」
「はあ、見たらわかるでしょう、おいらは旅の者なんだ」
「そうですか、それは失礼いたしました。実は、ここは鳴海の土地と聞いておりますから、昔から有名な鳴海潟を見物しようと思いまして、こうして宿を出て来るには来ましたが、いくら行っても海がないのに、誰に聞いても、鳴海潟を教えてくれないものですから、困りました。このお寺へ行ってごらんなさればわかるかも知れない、と教えてくれる人がありましたが、やっぱりわかりません」
婦人がこう物語りましたので、米友が元気づきました。自分でさえも、人がましく思うものだから、それで物を尋ねてみたり、また求めざるのに、物を尋ねるその理由を説明してみたりしてくれるのだ。この婦人も、この地に足をとどめた旅人であることに於ては自分と同じことだという感じが率直な米友の心に親しみを持たせました。
「はあ、そうですか――鳴海というのは、おいらもよく歌や、発句《ほっく》で覚えているが、ここがその鳴海というところなんですか」
「この辺がいったいに鳴海のうちですけれども、かんじんの海が少しも見えません」
「なるほど、海がねえなあ」
「あなたは、どちらの方からおいでになりました」
「おいらかね、おいらは宮の渡し場から来たんだが……」
「あ、熱田の宮からおいでになりましたのですか。鳴海の本宿から古鳴海と聞きましたが、その途中に海はありませんでしたか」
「さあ――途中」
米友がまたも眼を円くしました。たしかにその道程を歩んで来たには相違ないが、途中のことをたずねられると印象がゼロだ。
だが、ゼロだといえばふいになる、いやしくも眼あきであって、足で歩いて来る間に、途中の風物を見なかったということは申しわけにならない、それも一日一路のことか、或
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