日はじめて閑却していたというような形になるのです。
 座敷を隔てたお銀様の間へ伺候《しこう》してみたが、そこに尋ねる人がおりません。身の廻りの物はすべて、そのままにしてありますけれども、御当人がおらず、宿ですすめた茶碗の中の茶もさめきっているのを見ると、お角はなんとなく荒涼たる思いがしないではありません。
 ああ、つい、うっかりお嬢様の御機嫌をそこねたか知らん、この心がかりが、お角ほどの女の胸をヒドク打ちました。
「お嬢様は……」
 誰に聞いてみても知りません。お角はやや甲高《かんだか》い声になって、
「六さん、お前、なんだって、お嬢様におつき申していないんだエ」
 甲州附の従者も叱れないから、自分の従者をドナリつけてみました。
 宿の女中に聞いても知らない――
 お角は、そこで胸を打ちました。
 本来、ちょっとの間、当人の姿が見えないからとて、そんなに胸を騒がせたり、人を叱ったりするほどのことはないのですが、ナゼ、お角ほどの女が、面《かお》の色を変えるほど狼狽《ろうばい》を見せたのか。
「ちぇッ、わたしといったら、自分ながら業が煮えてたまらない、一から十までわかりきっていながら、いい年をして、ついこんな抜かりをしでかすなんて、愛想がつきたものさ、ここを押せばここがハネるくらいのことを、御存じないお角さんじゃないのに、ちぇッ、いやになっちゃあなあ」
 こう言って、お角は、焦《じ》れったがって、お銀様の前で使う、あそばせ言葉とは全く違った地金の棄鉢を見せました。
 だが、その地金の棄鉢も、今日は、周囲に当り方が軟らかいのは、つまり、焦れったがりこそするが、その失策の責めは、誰にあるのでもない、自分にあるのだ、この年甲斐もないお角さんというあばずれが、存外甘いところを見せちゃった、そのむくいだよ――
 お角のように、目から鼻へ抜ける女にとって、お銀様のここにいないということの、心理解剖ができないはずはありません。
 美少年と、無遠慮に駕籠《かご》に相乗りをして来たこと、宿へ着くと早々、お銀様を閑却して、かの美少年と長時間水入らずの会話をつづけたこと、この二つがお銀様の、あんまり曲っていないつむじを、曲らしむるには余りあること。
 それをいまさら気がついたから、お角は、自分の甘ったるさ加減を、噛んで吐き出してやりたいほど腹立たしくなったに相違ありません。

 お銀様が誰に
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