なります。濠端に進み過ぎた背の高い浪士が、
「おい、がんりき[#「がんりき」に傍点]、尾張名古屋の金の鯱を今日は思い入れ眺めて行けよ」
 後ろを顧みて、道中師風の若いのにこう言いました。
 その面《かお》を見ると、これはこの土地では初めて見る南条力の面であります。南条があれば、その傍にあるのは、当然五十嵐甲子男でなければならぬ。そうして従者ともつかず、道づれともつかぬ、いやにやにさがった道中師風の若いのは、いま南条の口から呼ばれた通りがんりき[#「がんりき」に傍点]といって、名代のやくざ者。
 ここで、南条、五十嵐と、がんりき[#「がんりき」に傍点]というやくざ者を見ることは、小田原城下以来であります。
 濠端に進み過ぎている傍まで、五十嵐が進み寄って、二人は金の鯱を横目に睨《にら》んで立っている。
 わっしゃあ、お前さん方の従者じゃあありませんよ、といったような面をして、こちらに控えてやにさがっているがんりき[#「がんりき」に傍点]のやくざ野郎は論外として、南条、五十嵐の二人を、こうして城濠のほとりに立たせて見ると、どうしても尋常一様の旅人ではなく、一種不穏の空気が、二人の身辺から浮き上るのを如何《いかん》ともすることができません。
 曾《かつ》て、甲府の城をうかがって、囚《とら》われの身となったのもこの二人でした。
 相州荻野山中《そうしゅうおぎのやまなか》の大久保の陣屋を焼いたのも、この連中だとはいわないが、この二人が、主謀者の中の有力なものとして、濃厚なる嫌疑をかけられても逃れる道はないでしょう。
 単にそれは、ここやかしこに限らず、この二人は、全国的に要害の城という城には特に興味を持っており、城を見ると、何かしら謀叛気《むほんぎ》を湧かさずにはおられないかの如く見える。そうして、現われたところの前二例によって見ても、この二人が睨《にら》んだ城のあとには、多少共に、風雲か、火水かが捲き起らないことのないのを以て例とします。
 だが、このところと荻野山中あたりと同日に見られてはたまらない。七百万石の力を以て築き成された六十万石の金鱗亀尾蓬左柳の尾張名古屋の城が、たかが二人の浪士づれに睨まれたとて、どうなるものか。その辺は深く心配するには足りないが、おりから早暁、あたりに人の通行の無きに乗じ、城を横目に睨み上げて、南条、五十嵐の両名が、高声私語する節々《ふしぶし
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