まった、三ツ目錐の殿様、三ツ目錐のお邸」
 異議なく、ここに新名称が選定される。口さがなき根岸わらべによって、神尾主膳は、三ツ目錐の殿様の名を奉られてしまう。こういう名称は、本人が聞いて、喜んでもよろこばなくても、禁じてもすすめても、それの流行は止むを得ない。
 子供たちも、さすがに、殿様自身に聞えるようには、選定名称を呼びかけはしないようです。
 三ツ目錐の殿様は、日を期して、これらの童《わらべ》共のために門戸を開放するのみならず、時としては、座敷の上まで、その闖入《ちんにゅう》を拒まないことがある。
 子供らは、よい遊び場所を得たと思っている。見かけは怖いおじさんが、存外以上に甘いおじさんだということを見出してきた。その芝生の上は相撲競技、凧あげに持って来いだし、座敷へ上り込むと、この子供たちとしては、武器や、掛額や、相応見るものがあり、碁盤、将棋盤の弄《もてあそ》ぶ物もあることを見出してきました。
 五人が六人――十人――二十人と殖えて、三ツ目錐の屋敷が、界隈の子供たちの倶楽部《くらぶ》になってきたことをも、主膳は一向とがめる模様がありませんでした。
 だが、ここに繰返すまでもなく、主膳のは、空也上人や、良寛坊が子供と遊ぶことを好むのとも違い、ペスタロッチやルソーが子供の教育にかかるといったような精神でもなく、お松や与八のように、子供そのものと共に学ぶというのでもないことは勿論《もちろん》です。
 あらゆるものと遊び、あらゆる人間を涜《けが》し来《きた》って、倦怠と、自暴《やけ》とのほかには、何物も贏《か》ち得ていない荒《すさ》み切った自分の興味を、今度は、子供たちをおもちゃにすることによって、補おうとする転換に過ぎますまい。
 だから、時を期してここへ集まった子供らに、主膳は露ほども教養の制縛を与えないのです。与えないのみならず、あらゆる野卑と、悪戯《いたずら》と、不行作《ふぎょうさ》と、かけごと勝負と、だまし合いとを奨励して興がるかの如く見ゆる。
 そこで、相撲も、凧上げも禁じない如く、丁半《ちょうはん》、ちょぼ一、みつぼの胴を取ることまでも、主膳は喜んで見物する。なかには、その辺の知識経験で、主膳に舌を捲かせるほどの文才を発見することもある。
 大人も及ばぬ、猥褻《わいせつ》な挙動と言語を弄んで、平気でいるのもある。
 性の知識と裏面、その楽書、その振舞
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