の縁がそうさせるのかも知れません。
「親方、どうも済みませんでした、あの時は、つい、あんな気になってしまったものですから、フラフラと出かけてしまいましたが、お前さんにことわらないで出たのは、わたしの卑怯ゆえだと思いました」
「いいえ、お嬢様、わたしが至らないからでございます、お嬢様の機先を打つことができなかった、つまり、こっちの抜かりでございますから、仕方がございません」
「そうではありません、お前さんの信用をいいことにして、ペテンにかけて、わたしが出し抜いたのですから、全く、わたしの卑怯よ、堪忍《かんにん》して下さい」
「どう致しまして、わたくしこそ申しわけがございません」
「いいえ、重々、こちらが悪かったのよ、あやまります」
といって、お銀様がお角の前に、頭を下げたものですから、お角が何といっていいか、暫く挨拶に困りました。

         三十四

 お角の、ここへ訪ねて来たということは、必ずしも出来心ではありませんでした。
 そうかといって、血眼《ちまなこ》になって、お銀様の行方をさがし求めに来たものでもありません。
 また、お銀様の父の伊太夫に対して、資本主としての貸借関係から、その債務を果すためとか、申しわけのためとか、そんな用向で、わざわざ再び甲州の地を踏みに来たものとも思われません。打ちとけた話を聞いてみると、それもこれもひっくるめて、こんなような次第です。
 切支丹大魔術師の一世一代を名残《なご》りとして興行界から引退したお角、引退はしたけれども、世間もこの業師《わざし》を捨てて置きたがらないし、自分も、どうかすると、腕がむずむずすることのあるのはやむを得ません。
 だが、見込みのつかない事には乗らず、見込みのつく事は人に知恵を授けてやって自分は乗出さずに、うまく舵《かじ》を取っていたのが、今度はひとつ身体《からだ》を乗出さなければならなくなった、というよりは、自分から進んで出かけてみようという気になったところのものがあるのです。
 それは、この甲府が目的の地ではありませんでした。
 一蓮寺のあのいきさつは、今ではもう夢のあとです。お角ほどの江戸ッ児が、あの時の燃えのこりを根に持って、灰下をせせりに来るという、了見はありますまい。甲州へ来るのが目的でなく、その目的のところは、ずっと離れた尾張の名古屋の城下ということでありました。
 尾張名古屋へ
前へ 次へ
全257ページ中122ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング