られただけのものです。それで、もうたくさんなのに、兵馬さんまでが、またわたしたちと同じような道を行こうとなさる、ほんとにお気の毒に思いますわ」
「何が気の毒です」
「何でもようござんす、許してお上げなさい、そうすれば、お前さんも救われます」
「誰に、私が救われるのですか」
「白骨の温泉で死んだ、飛騨の高山の穀屋の後家さんというのを御覧なさい、あの方は、御亭主が病気で寝ているその前で、幾人の男を弄《もてあそ》んだか知れません、それをみんなあの御良人が許していましたよ」
「何です、それは。それが我々の上に、何のかかわりがあるのですか」
「それをみんな許して、おかみさんのするままをさせていましたが、あのおかみさんは、それでも満足しないで、とうとうその良い夫を殺してしまいました」
「人間ではありません、犬畜生といっても足りない者共です、そんなやからのことを、私の前で、何のためにおっしゃるのですか」
「殺された良人の方は、それでさえ、あの後家さんを許していますよ」
「だから、私の兄も、あなたの不貞を許せばよかったのだとおっしゃるのですか」
「まあ、そうかも知れません、わたしだけじゃありません、みんな許せばよかったのです」
「言語道断です、さような戯言《たわごと》はもうお聞きしますまい」
「お聞きになりたくないことを、強《し》いてお話ししようとも思いませんが、人間はみんな弱い者ですから、おたがいに許すことですね、いくら許しても害にはなりません、許しても許しきれないことは、神様が許しませんからね、仏様が見とおしていらっしゃいますからね、許されても許されないものは許されません、このわたしを御覧なさいな」
二十二
その翌朝、眼がさめて見ると、昨日のあの快晴に引換えて、天地が灰色になっていました。
聞いてみると、これはやがて雪になるということ。
昨夜の夢見の悪かったのは、一つはこの気候のせいか。
果して、霧のような雨が捲いて来て、暫くすると、それが粉雪に変りました。
「ああ大雪だ」
雪は珍しくはないが、それでもまあ、よかった、今日が昨日でなくてよかったのだ、吹雪の中に白骨を出て来るわけにはゆかなかったのだから、当然この雪をかぶって白骨籠城か、そうでなければ途中の難儀、測るべからざるものがあったのに、一日の境で、悠々として白骨を出て来たのは、時にとっての好
前へ
次へ
全257ページ中73ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング