女殺し――」と言ったのは、その悩みを殊に、どろどろに感得せしめられたからであろう。そうでなければ、自分が、それと同じような犯《おか》せる罪あって、人を殺す音と、人を活《い》かす音を知り、殺す人、必ずしも活かす人ではないが、活かす人は、殺すことをも知っていなければならない。
芸術の魅力は毒である。有害であることを知り抜いて、芸術を弄《ろう》する者は、その殺活の機に、表裏徹透しておらねばならぬはずなのに、殺すことを知って、活かすことを知らないもの、その危険は、その感化の及ぶところのすべてを、窒死せしむると共に、自分をも焼亡する。
「女殺し」と言ったのは、ただなんとなく、濃烈なる甘い悩みの圧迫に堪えられなかったうめき[#「うめき」に傍点]の声に過ぎまい。
十八
北原と、村田とが相携《あいたずさ》えて、それからいくらもたたない時間の後、お雪ちゃんの部屋をたずねて、
「ごめんください」
障子の外から、言葉をかけた時に、
「はい、どなた」
それはお雪の返事には違いないけれども、非常に狼狽《ろうばい》したような返答ぶりでありました。
「私です」
北原は静かに、外から名乗ると、
「あら北原さん――どうぞ」
とは言ったけれど、その狼狽ぶりは、障子一重の外で鮮かに手に取るほどなのが、来客の心を少しく不審がらせました。
よし、自分たちが不意に押しかけて来たからとて、そんなに狼狽しなくてもよかりそうなものを、ことに、ちゃんと前ぶれもしてあるようなもの。
そこで、お雪は何か、あわてて身の廻りを始末するような物音を立ててから、
「どうぞ」
「お忙がしいんじゃないですか」
あんまり、中があわただしい気配《けはい》だものですから、北原も遠慮してみると、
「いいえ、かまいませんのです、どうぞ」
「失礼してもよろしうございますか」
「どうぞ」
障子があけられて見ると、お雪ちゃんが少しポッと赤くなって、そのあたりには、縫物だの、書き物だのが取散らしてあったので、それでは、その取散らかしを気兼ねをして狼狽したのだろうと思われます。
「御勉強のようですね」
「いいえ、何もしていやしませんの」
「御病人は……」
といって、北原が、二間打抜きの源氏香の隣りの間を、そっと見ると、屏風《びょうぶ》を後ろにして、炬燵《こたつ》を前につっぷしている一人の人を認めました。
「有難う
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