してでなく、単に社会的地位において、尊敬せられたことも比類がありません。親しく帝王の師となり、法筵《ほうえん》の時は、後白河法皇よりさえ上席を譲られていました。学者だから、社会的地位が高いから、それで偉大なる宗教家だという理由は少しもないが、少なくとも、この二つのものは、日蓮に無いでしょう」
「それは無論です」
と、田山白雲が昂然《こうぜん》として肯定しながら、言葉をつづけました。
「それは無論です、日蓮が朝廷貴紳の寵児《ちょうじ》でなく、東国の野人であることを、いまさら洗い立てをする必要がどこにあります、そんなことは比較になりません、比較したって、なにも、少しも両者の優劣、尊卑、大小に関係したことじゃありません」
「まだ結論に行っているわけではありません、単に、逐一《ちくいち》比較してみようとしているだけのものですから、そのつもりでお聞き下さい」
二
二人は談論に我を忘れて、九十九里の浜辺に馬を歩ませて行きました。
談論に我を忘れているのは、単にこの二人の上ではない。いったい、この二人が九十九里の浜辺に相並んで馬を歩ませているとはいうが、九十九里も長いのに、
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