《だいじ》にして育てるけれど、オットセイの親はなかなかあんなことはしないんだぜ。オットセイの親は、なかなかああはいかないんだからな」
「オットセイの親が、どうしたというのだ」
「オットセイの母親というのはね、番兵さん、自分たちの餌《えさ》をさがすために、三十里も遠くの海へ出るんだとさ、そうして帰って来ると、内海《うちうみ》に置いて行かれたオットセイの子が、お乳を飲みに寄って来るが、オットセイの子は、自分の母親がドレだかわからないものだから、どの母親にでも行ってかじりつくが、母親の方では、自分の子供だけにしかお乳をやらない、ほかの子供がかじりつくと突き放してしまう、だから、外海《そとうみ》へ餌を取りに出たオットセイの親を人間がつかまえると、その子は餓え死んでしまうのだって……だから今では、外海でオットセイを捕らせないことになっているんだって」
 茂太郎は、マドロス仕込みであろうところの、オットセイの知識を物語りました。

 牧場、牧舎の見廻りが一通り済んで、小舎《こや》へ帰って、二人水入らずの晩餐《ばんさん》の後、番兵さんは一個の曲物《まげもの》を、茂太郎の前に出して言う、
「茂坊、薬物
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