すりついて来たその懐《なつ》っこさといったらありません。
 物と物との間には、どうしても、身も魂も入れ上げて好きになれるものもあれば、虫唾《むしず》の走るほど嫌われながら、それでもついて廻らねばならぬ運命もある。
 清澄の茂太郎が、物に好かれる性質を、先天的に、極めて多量に持ち合わせて生れたことは申すまでもありません。ただそれを多量に持ち過ぎていることが、彼を苦しめたこと幾度か知れません。
 都会にあって、見世物に出されて、人気を占めていた時は、多くの婦人が、貴婦人といわるべきものまでが、彼の身《からだ》にこすりつくことを好んでいなかったか――あらゆる動物が彼を慕うて来る、毒蛇でさえも、狼でさえも――いわんや動物のうちの最も順良なる牛が、こうして、なついて来るのは、茂太郎にとっては少しも不思議なことではありませんでしたけれども、そのなつかしがりようが、あまりに濃厚なものですから、
「おや、お前はチュガ公じゃないか、ああ、チュガ公だね、チュガ公……」
 茂太郎に驚喜の色があります。

         九

 チュガ公と呼ばれて仔牛は、前足をトントンと二つばかり鳴らし、クフンクフンと甘え
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