ら通りぬけて、一方の板の衝立《ついたて》の蔭の、誰にも姿を見せないところで、急ごしらえの椅子テーブルに身をもたせ、お手の物のマドロスパイプに火をつけてすまし込みました。
この時分になって、スッテンドウジの宣伝が利《き》き出したものか、この陣屋敷のあたりへ、むやみに人が集まって来る気配《けはい》でしたから、東造爺は気を利かして冠木門《かぶきもん》の戸を締めきってしまいました。
門の外で体《てい》よく食い留められた連中は、汐時《しおどき》がよかったせいか、強《た》って見せろと乱入する者もなく、暴動を起して不平を叫ぶこともなく、まあ、明日という日もあるから、見られる時はいつでも見られる、そう急《せ》くなよ、といったような面《かお》ぶればかりですから、穏かです。
その時分、日もようやく傾きはじめて、海の方へ落ちた余光が、あざやかに、この古陣屋の屋根の上の兵隊草をまで照らして来ました。
陣屋の中では、車大工とその数人の弟子たちであろうところの者が、静まり返って仕事をしている時分、門の外に佇《たたず》んでいた近隣の人たちが、
「そら、お役人様が来たぞ」
「お役人様じゃ無《ね》え、やっぱり、
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