、どうしても恐怖ではなく、滑稽の部に属しているものですから、力瘤《ちからこぶ》を入れた子供たちも安心して、傍へ寄って来て、しげしげとながめます。
 浮袋を片手にさげ、多分重し[#「重し」に傍点]につけて海へ沈んだものだろうと思われる鉄の玉を下へ置いたマドロス氏は、炉辺に有合せの丼《どんぶり》を取り上げると妙な手つきをして、小屋の後ろの方を指さし、何をか哀願するような表情をしつつ出て行ってしまいました。
 恐怖から解かれて、好奇ばかりになった子供たちは、あとを慕《した》ってついて行って見ると、小屋の後ろの桃の木の下につないであった一頭の牝牛《めうし》のところへ来て、右の異人が、
「ハウ、ハウ」
と、妙な叫びを立てました。
 そこで、何をするかと見てあれば、マドロス君は徐《おもむろ》に牝牛の下に手を入れて、その大きな乳房を撫でてみているうちに、丼を下へあてがって、乳をしぼりはじめたものです……その乳がなみなみと丼の上に溢《あふ》れ出した時分、それを無造作に自分の口もとへ持って来て飲んでしまいました。
 口もとまで来る時分、何をするのかと心配して見ている子供らは、毛唐人がそれを一息にグッと飲
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