景もなく、沼の拡大したような海を見ていると、海というものが他人ではない気持がします」
田山はこう言って、曾《かつ》て南房州の海の生きているのを見て、感激を以て語った時の表情とは全く別人のように、茫然としていると、駒井甚三郎もうなずいて、
「風景としてはとにかく、単に海を広く見るという点からいえば、日本中、この辺の海岸に及ぶところはないでしょう。この海を Pacific Ocean と言います、太平洋とか大海原《おおうなばら》とか訳しますかな、米利堅《メリケン》の国までは遮《さえぎ》るものが一つもありません。われわれは今、世界でいちばん広くながめ得る地点から見ているのです」
田山白雲が、それについて言いました、
「事ほど左様に、われわれは世界で最も大きなもの、最も広いものに接していながら、その刺戟というものを少しも感じないのは、不思議といっていいです」
駒井甚三郎が、それを肯定して、
「そうです、何かわれわれに刺戟を感ずるもの、威圧を感ずるもの、窮屈を感ぜしめるものは、偉大なものじゃありません、少なくも広大なものではありません」
「そういえば、そうかも知れないが、そうだとしてみれば
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