、若い船頭の提案はケシ飛んでしまいましたが、存外わるびれず、
「ほんとうに、それもそうでございますねえ、神様へ参詣する前に遊女屋なんぞへ上っては、罰《ばち》が当ります」
「その通りだ」
「先生、あんたは剣術の方の先生でございましょう、それで鹿島神宮へ御参詣をなさるんでございましょう。何しろ、香取、鹿島の神様ときては、武術の方の守り神様でございますからなあ」
 若い船頭は、今まで旦那扱いで来たのが、ここで先生になって、その先生も、鹿島詣《かしまもうで》をする武者修行の勇士ときめてかかったらしい。
「うむ」
 白雲が頷《うなず》きました。白雲が画家と見られないで剣客と見られることは、今に始まったことではありません。
「剣術は何流をおやりになりますか。水戸には、なかなか使える先生がありますよ、水戸へおいでになりましたか」
「まだ水戸へは行かん、土浦にはどうだ」
「左様ですね、土浦の方のことは委《くわ》しく存じませんが、香取様の前には天真正伝神刀流、飯篠長威斎先生のお墓がございます、飯篠先生の御子孫の方もいらっしゃいます」
「ああ、そうだ、そうだ、どちらもお訪ねして来たところだ」
「左様でござ
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