戦は、第一、聯合軍をして、箱根を越えしめてこれを討つということ、第二、幕府の優秀なる海軍を以て、駿河湾より薩長軍を砲撃して、その連絡を断《た》ち、前進部隊を自滅せしめるということ、更に海軍を以て、兵庫方面より二重に聯合軍の連絡を断つこと、等々であって、よしその実力には、旗本八万騎がすでに気《き》死し、心|萎《な》えたりとはいえ、新たに、仏式に訓練せる五千の精鋭は、ぜひとも腕だめしをしてみたがっている。会津を中心とする東北の二十二藩は無論こっちのものである。
聯合軍には海軍らしい海軍は無いのに、幕府の海軍は新鋭無比なるものである――そうして、その財政と、軍費に至っては、小栗に成案があったはずである。
かくて小栗は十分の自信を以て、これを将軍に進言、というより迫《せま》ってみたけれど、胆《たん》死し、気落ちたる時はぜひがない、徳川三百年来、はじめて行われたという将軍|直々《じきじき》の免職で、万事は休す! そこで、西郷と勝とが大芝居を見せる段取りとなり、この不遇なる人傑は、上州の片田舎に、無名の虐殺を受けて、英魂未だ葬われないという次第である。
形勢を逆に観察してみると、最も興味のありそうな場面が、幕末と、明治初頭に於て、二つはあります。
その一つは、右の時、小栗をして志を得せしめてみたら、日本は、どうなるということ。
もう一つは、丁丑《ていちゅう》西南の乱に、西郷隆盛をして成功せしめたら、現時の日本はどうなっているかということ。
この答案は、通俗の予想とは、ほとんど反対な現象として現われて来たかも知れない。
右の時、小栗を成功せしめても、世は再び徳川幕府の全盛となりはしない。
もうあの時は徳川の大政奉還は出来ていたし、小栗の頭は、とうに郡県制施行にきまっていたし、よしまた、ドレほど小栗が成功したからとて、彼は勢いに乗じて、袁世凱《えんせいがい》を気取るような無茶な野心家ではない、郡県の制や、泰西文物の輸入や、世界大勢順応は、むしろ素直に進んでいたかも知れない。
これに反して、明治十年の時に西郷をして成功せしむれば、必ず西郷幕府が出来る。
西郷自身にその意志が無いとしても、その時の形勢は、明治維新を、僅かに建武中興の程度に止めてしまい、西郷隆盛を、足利尊氏《あしかがたかうじ》の役にまで祭り上げずにはおかなかったであろう。
西郷は自身、尊氏にはならないまでも、尊氏に祭り上げられるだけの器度(?)はあった。小栗にはそれが無い。
すべて歴史に登場する人物というものは、運命という黒幕の作者がいて、みなわりふられた役だけを済まして引込むのに過ぎないが、西郷は、逆賊となっても赫々《かくかく》の光を失わず、勝は、一代の怜悧者《りこうもの》として、その晩年は独特の自家宣伝(?)で人気を博していたが、小栗は謳《うた》われない。
時勢が、小栗の英才を犠牲とし、維新前後の多少の混乱を予期しても、ここは新勢力にやらした方が、更始一新のためによろしいと贔屓《ひいき》したから、そうなったのかも知れないが、それはそれとして、人物の真価を、権勢の都合と、大向うの山の神だけに任しておくのは、あぶないこと。
七
駒井甚三郎は最初の日の偵察によって、この海に沈んでいるところの船について、大体、次のような知識を得ました。
船の大きさは日本の千石――あちらの百トン程度のものであること。
帆走《はんそう》を主として、補助機関が附してあること。
機関室が船の中央になくして前部にあること。特にその機関が――旧式の外輪でなくして、スクリューによるものであることは、駒井をして非常に驚喜せしめました。
マドロスがサヴァンナ式といったのは何かの間違いだろう。
それと同時に、駒井の首を傾けさせたのは、この船が密猟船だとは言い条、内部には、漁具や漁獲物がわりあいに少なくして、武器や食糧の類が比較的に多く積込まれているらしいことです。
海賊同様の密猟船でありながら、軽小とはいえ螺旋式《らせんしき》の蒸気機関を持っているところ、それらと思い合わせると、単に密猟の船ではなく、相当の要路の旨《むね》をうけて、日本の近海へ様子を見に来た船と見ないわけにはゆきません。
そんなことは、どうでもよいとして、まず何よりも螺旋式の機関を持っているということが、この上もない掘出し物――引揚げ物だと、駒井の心を勇み立たせました。
こうして第一日は、輪廓と、内容の要部の偵察を遂げ、明日よりは細部にわたり、全部の引揚げが可能か、一部分の取りこぼちが有利かに向って、精細なる実地検分を遂げしめようとしている時に、一つの故障が持ち込まれました。
この故障というのは、もとより官辺から来たのではない、官辺は上に述べたる如き諒解《りょうかい》がある。
さらばこ
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