いのだが、日蓮を知る者は、どうしても法然《ほうねん》を知らなければならない、というの一事を見出しました」
「法然――浄土宗の法然上人ですか」
「そうです、法然と、日蓮とは、他人ではありません」
「これは斬新なお説を承ります、古来、法華と門徒とは、仲の悪い標本の大関ものと見立てられていますぜ。末流が、そういうふうに角《つの》突き合うのみならず、当の日蓮上人が、法然上人と、その仏念に対する義憤と、憎悪とは、あなたも十分に御存じのことと思います。それを根本から覆《くつがえ》す新説を、あなたはどこから発見なさいました、研究家は違ったものです……」
田山白雲は逆襲気味になりましたが、駒井甚三郎は頓着せず、
「ところが法然と、日蓮とは、切っても切れない親子です、法然は慈愛|溢《あふ》るる親であって、日蓮はその血を受けた無類の我儘《わがまま》息子です」
田山白雲はようやく不服の色で、
「さすがに研究家だけに、眼の着けどころが違ったものですね、法然と、日蓮が、他人でないということにも恐れ入りましたが、そのまた法然と、日蓮が、血肉を分けた親子だとは驚き入りました。拙者の方は恐れ入ったり、驚き入ったりするだけで文句はないが、それでは浄土宗と、浄土真宗というものから尻が来ましょうぜ。浄土には浄土の法脈があり、ことに真宗の親鸞上人《しんらんしょうにん》なんて、われこそ法然上人の嫡子《ちゃくし》なり、と名乗りを立てている人をそっちのけにして、にくまれっ児の日蓮上人を養子にしてしまったんでは、名主総代から、親類組合までが納まりますまいぜ」
駒井は、それに就いて言いました、
「だが、何といっても法然あっての日蓮ですよ、法然が、日蓮を産んだということは、途方もない独断に見えるかも知れないが、これは結論を先にして、前提を省いたから君を驚かしたものだろう。ひとつ、順序を追うてみようか。まず……」
田山白雲は、馬上から砂地の滑らかなところを、これに何か描いてやりたいような気持でながめながら、駒井の論法を聞こうとしていると、駒井甚三郎は、前方の海をしきりに見向いて、
「まず、法然と、日蓮とは、地位が違い、性格が違いますね」
「性格の違うのはわかっているが、地位の違うというのは、どう違うのですか」
「生活していた時の、社会的地位とでも言いますかな」
「なるほど」
「法然は、その生ける時代において、最
前へ
次へ
全64ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング