まずマドロス君を先陣として、一応、海をくぐって、その勝手を見届けて来るということが、彼等の第一の使命でありました。
これらの潜水夫は、おのおのこの浜辺において名誉のものであるのみならず、どうも、この浦ではあまり見かけない、房州の南端あたりから連れて来たものであろうと思わるる海女《あま》が二人まで加わっておりました。
これらの海人《あま》を載せて、船の沈下している海上まで運ぶべき介添船《かいぞえぶね》は、海岸に待っている。
浜辺では、今、幾カ所も盛んに火を焚《た》いて、炎々たる焚火の前に、仁王の出来そこないのようなのが立ちはだかって、暖を取っている。
一方には、その炎々と燃える焚火の中へ、しきりに小石を投入して焼き立てている者もある。
五
これより先、海鹿島《あじかじま》から伊勢路の浦へ、上陸した御用船の一行がありました。
これも役人は役人だが、ただの役人ではない。軽装して、測量機械を携え、日の丸の旗を押立てたところを見ると、どうしてもこれは幕府の軍艦奉行の手であるらしい。
この一行は、しかるべき組頭《くみがしら》に支配されて、都合八人ばかり、測量器械をかついで歩み行く、つまり軍艦奉行の手の者が、海岸検分の職を行うべく、この地点に上陸したものでしょう。
ところで、とある小高い岩の上へ来て、組頭の一人が遠眼鏡をかざした時に、黒灰浦の引揚作業の大景気を眼前に見ました。
それは肉眼でも見えるほどの距離を、かねて地勢をそらんじているところではあるし、その群集と、群集の中での作業、これから何事に取りかかろうとするのだか、職掌柄それを眼下に見て取ってしまったから、組頭の顔の色が変りました。
不興極まる気色《けしき》を以て、遠眼鏡を外《はず》し、部下の者を顧みて、
「おい、あれは何だ」
と一人に言いました。
「左様でござります」
部下の一人は、一応その人だかりの方をながめてから恐る恐る、
「高崎藩の手の者が、黒船を引揚げるといって騒いでおりました」
「ナニ、高崎藩で黒船を引揚げる?」
「左様でございます、先年、あの黒灰浦に、多分オロシャのであろうところの密猟船が吹きつけられて、一艘《いっそう》沈んでしまいました、密猟船のこと故《ゆえ》に、船を沈めてそのままで立去りましたのが、今でもよく土地の者の問題になります、それを今度、高崎藩が引揚
前へ
次へ
全64ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング