んでしまったものだから、驚嘆の叫びを立てないわけにはゆきません。この子供たちのあいた口がふさがらない先に、またも一方の乳房をとらえて、しぼりにかかりました。
 この勢いでは、この牝牛の乳をみんな絞って、みんな飲んでしまうかも知れない、牛の子の飲むべき乳を――人間が横取りして飲んでしまうなんて、なるほど、毛唐というものは随分ひでえことをするなあ――という表情が、子供たちの面《かお》に現われる頓着もなく、再度の丼《どんぶり》はことごとく飲みつくされてしまいました。
 それで多分、渇きが止ったのでしょう、悠々《ゆうゆう》として陣屋の方へ引返して来る。子供は、やっぱりそのあとについて戻る。
 幸いに、ここは町並を少し離れたところでしたから、わいわい連《れん》があまりたからなかったものの、それでも陣屋のあたりが、ようやく物さわがしくなってきました。
 マドロス氏は、そこで無雑作《むぞうさ》に板の間張りの上へあがり込んで、数多《あまた》の職人の中を分けて――車大工の東造爺がいるばかりではなく、ここにはなお幾多の若い職人が働いて、同じように皆、驚異の眼をマドロス君に向けている中を、ニヤニヤと笑いながら通りぬけて、一方の板の衝立《ついたて》の蔭の、誰にも姿を見せないところで、急ごしらえの椅子テーブルに身をもたせ、お手の物のマドロスパイプに火をつけてすまし込みました。
 この時分になって、スッテンドウジの宣伝が利《き》き出したものか、この陣屋敷のあたりへ、むやみに人が集まって来る気配《けはい》でしたから、東造爺は気を利かして冠木門《かぶきもん》の戸を締めきってしまいました。
 門の外で体《てい》よく食い留められた連中は、汐時《しおどき》がよかったせいか、強《た》って見せろと乱入する者もなく、暴動を起して不平を叫ぶこともなく、まあ、明日という日もあるから、見られる時はいつでも見られる、そう急《せ》くなよ、といったような面《かお》ぶればかりですから、穏かです。
 その時分、日もようやく傾きはじめて、海の方へ落ちた余光が、あざやかに、この古陣屋の屋根の上の兵隊草をまで照らして来ました。
 陣屋の中では、車大工とその数人の弟子たちであろうところの者が、静まり返って仕事をしている時分、門の外に佇《たたず》んでいた近隣の人たちが、
「そら、お役人様が来たぞ」
「お役人様じゃ無《ね》え、やっぱり、
前へ 次へ
全64ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング