文を認《したた》めて、固く封じ込んで、海の中へ投げ込むと、これが漂い渡って、思わぬ人の手に拾い取られる、その拾い取った人は、投げ込んだ主《ぬし》に返事をしてやる――という仕組みになっている」
「あ、そうですか、つまり、平康頼《たいらのやすより》の鬼界《きかい》ヶ島《しま》でやった卒塔婆流《そとばなが》しを、新式に行ったものですね。そうだとすると、相当に面白い浦島になるかも知れません、封を解いて見せていただきたいものです」
 田山も、好奇心に駆《か》られて、馬から飛んで降りました。
 駒井甚三郎はナイフを取り出して、流れ罎の口をあけようと試みながら、
「海に関係のある職業の人が、海流を調査するためにこれをやったのか、航海中、船客が戯れに投げ込んだものか、或いは漂流者か、誘拐者《ゆうかいしゃ》なんぞが、危急を訴えんがために、万一を頼んでやった仕事か、いずれにしても、この罎の中には、何かの合図があるに相違ない」
と言いました。
 田山白雲は額《ひたい》を突き出して、駒井のなすところを見ていたが、駒井は巧《たく》みに罎の口をあけると、それをさかさまにして、程なく一通の紙片を引き出しました。
「ありましたね」
「ホラ、何か書いてあります」
 空罎は下へ投げ捨て、駒井はその紙片をとりのべて見ると、そこに横文字の走り書がある。
 最初から駒井は、これは、航海用の事務としてやったものではないと思っていました。
 海流調査かなにかのためにやるんならば、もう少し仕事が器用で、事務的に出来ていそうなもの。どうも素人《しろうと》の手づくりで、臨時に投げ込んだもののようだから、たしかにこれは、漂流の人の手に成ったものか、そうでなければ誘拐の憂目《うきめ》に逢うた人が、訴えるにところないために、やむを得ずこの手段に出でたものだろうと想像していました。
 しかるに、その現われた紙片の文字が横文字であったものだから、少しばかり案外には思ったが、横文字だからとて、その想像が外《はず》れたということはない、横文字で危難を訴えたり、危急を叫んだりすることはいけないという規則もない――問題はその意味を読んでみることです。
 駒井は、仔細にその横文字を読んでみると、英語で次の如く認めてあることを発見しました。
[#ここから1字下げ]
It is the great end of government to 
前へ 次へ
全64ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング