画帖や、絵巻や、まくりものが、あたり一面に散らかしてあって、室の一隅の草刈籠《くさかりかご》は、大塔宮《だいとうのみや》がただいまこの中から御脱出になったままのように、書き物が溢《あふ》れ出している。兵部の娘が、今ながめている画巻も、その籠の中から引き出して来たものでしょう。
「あたしにも、見せて頂戴な」
茂太郎は、兵部の娘の傍へ、その頬と頬とがすれ合うばかり寄って来て、左の手を無雑作《むぞうさ》に、兵部の娘の肩から首を巻くように廻して、同じ画巻をのぞき込む。
「いやな先生ねえ、なんでもかでも、見る物をみんなかいちまうんだよ」
「何がかいてあるのさ」
「ごらん、なんでもかんでもこの通り、わたしたちのすること、なすことを、みんなかいてしまってあるんだよ」
「見せて頂戴」
「そんなに引張らないで、ここへ置いてごらんな、一緒に見たって、見えるじゃないの」
「あれ、お嬢さん、浜を歩いている後ろ姿があらあ」
「後ろ姿なら、いいけれど、ごらん」
一枚をめくると、
「あれ、お嬢さんがお化粧している」
「そうよ、お化粧ならまだいいけれど、ここをごらん」
「やあ、お嬢さん、裸になって行水をしているところ……」
「いやじゃありませんか、いつのまに、こんなものをかいたんでしょう。そっと隙見《すきみ》をして、こんなところをかいちまっていながら、知らん顔をしているんですから、ずいぶん、人の悪い白雲先生よ」
「だって、絵かきの先生だもの」
「絵かきの先生だって、お前、人が裸になっているところなんか、かかなくってもいいじゃないの……女が人に肌を見せるなんて、恥じゃありませんか」
「だッて……」
「だッて、何さ……ちゃんと、お化粧をして、着物を着かえたところならば、誰が見たって恥かしくはないけれど、行水をしているところなんかかかれちゃ、たまらないわ。こんなのを人前にさらされちゃ、わたし立つ瀬が無いわ」
「だッて……女だって、裸が恥かしいとはきまらないでしょう、布良《めら》のあまの姉さんたちをごらんなさい、いつでも裸でいるじゃありませんか」
「あれは違いますよ、あれは商売だから、海へもぐるのが商売だから、裸でいたって誰も笑やしないけれど、わたしなんぞ、商売じゃありませんもの」
「だって、風俗だから仕方がないでしょう」
「何が風俗さ……」
「先生は風俗をかいているんだから。助平《すけべい》のつもり
前へ
次へ
全64ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング