礼ながら、もう一度、篤《とく》と拝見させていただきたいものです……ええと、長さは二尺二寸五分というところですか、片切刃《かたきりば》で大切先《おおきっさき》、無反《むぞり》に近い大板目《おおいため》で沸出来《にえでき》と来ていますね、誰が見ても、相州か、そうでなければ相州伝、これが時代違いとあっては惨憺たるものです」
ピグミーは苦心惨憺して、ついに刀の棟へのぼって、その上へ抱きつき、刀の地肌をペロリペロリと二度ばかりなめてみましたが、何かそこで、興に乗じたと見えて、両手で輪を描いて刀の棟にブラ下がり、
「ところで、斬れますかね、これは……切れ味はいかがです、斬りましたか、どんなものです、三ツ胴に土壇払《どたんばら》いというあたりへ行きました? むろん、最上大業《さいじょうおおわざ》でございましょうな。ところでどうです、生きた人間を斬ると、血がどっちへ飛ぶか、それがおわかりですか、斬った人の方へ飛ぶか、斬られた人の方へ飛ぶか……」
調子に乗ったピグミーは、刀の物打《ものうち》のところまで上って、身を以てからみついたから竜之助が、その刀を一振り振りました。
前にいう通り、ちょうど物打のところへ来て、ピグミーが抱きついて、かなり増長した語気を以て挑《いど》み立てたものですから、竜之助が軽くその刀を一振り振ると、
「あっ!」
といってピグミーが、二つになって、壁に向って飛びました。
見ると、正面の壁の面《おもて》に、蠑※[#「虫+原」、第3水準1−91−60]《いもり》を二つに斬ってはりつけたように、ピグミーの身体《からだ》が、胴から上と、下と、一尺ばかり間隔をおいて、二つになって、へばりついています。
はりついた当座は、ピクピクとして少しばかり動きましたけれど、そのまま寂然《じゃくねん》として、墨汁で点じたもののように、壁にくっついたきりです。
ちょうど、その時分、長い廊下で人の足音がしたようですから、竜之助はその足音に耳を傾けました。
廊下の足音は非常に緩慢なもので、且つ忍び足に違いないから、この場合、この人だから、それに耳を傾けたものでしょう。だが、たしかに人が忍んで来ると、こう感づいたのはぜひもないことです。と同時に竜之助は、それがお雪だなと思いました。
お雪が忍んで来て、ここで泣く――それは今宵に始まったことではない。
お雪の絶望に似た泣く音《ね
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