すのよ」
「思うことがあるだけじゃつまらない、いつでも思ってくれなくちゃあ」
「でも、怖いと思うこともありますのよ、憎らしいと思うこともありますのよ……そうしてどうかすると、心からかわいそうだと思って、涙をこぼすこともありますのよ。どれが、本当のあなたの姿だか、どれが本当のわたしの心だか、これがわからなくなってしまいます」
 お雪ちゃんはこういっているうちに、またなんとなく悲しくなりました。
 しかしまた気を引立てて、
「先生、きょうは一日、お傍でお話をお聞き申しとうございます。お邪魔にはなりません……お邪魔にならなければ、わたし、自分の部屋へ帰って縫取りを持って参りますから、それをやりながら、ゆっくりお話を伺おうではありませんか」
 こう言って、お雪ちゃんはこたつ[#「こたつ」に傍点]から出て、自分の部屋へ縫取りを取りに行きました。
 その間に竜之助は、横になって、長いきせる[#「きせる」に傍点]をかきよせて、こたつ[#「こたつ」に傍点]の火を煙草にうつして、腹ばいながら一ぷくのみました。
 机竜之助は煙草を一ぷくのんでしまって、吸殻を手さぐりで煙草盆の灰吹の中に、ていねいにはたき、
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