だ」
山崎譲がこう言ったので、どちらも生地《きじ》が現われたようなものです。
察するところ、例の南条力と五十嵐甲子男とは、甲州の天険をほぼ究《きわ》めつくしたから、今度は小田原を中心として、箱根、伊豆の要害を秘密調査にかかるものらしい。
荻野山中《おぎのやまなか》を騒がしたのも、必定《ひつじょう》かれらの所業、いつ、何をしでかすかわからない、それを十分に睨《にら》んでいながら、譲が自ら手を下して彼等を捕えようともせず、他の力をしてそれを押えさせようともしないで、ただつけつ廻しつしては、茶々を入れたり、邪魔をしたりしているところは、かなり不徹底のようだが、一方から言うと、彼等は形においては勤王と幕府とわかれているようだが、勤王系統と、水戸の系統とは、切っても切れぬものがあるように、内心では、骨にきざむほどの憎しみは、おたがいに持ち合せていないらしく思われる。
しかし、そんなようなことは、どちらがどうあろうとも、お角にはあんまり興味を惹《ひ》かない――ただ、ああいった種類の男同士は、ああいった種類の男同士で、また相当の意気張りずくで争っているだけのものだろうと思う。
宿の入口で山崎譲と別れたお角は、自分の座敷へ入って、寝しなに一ぷくやろうとして、そこで変なものを感じました。
「おや、そそっかしい女中さんだ、何を間違えてるんだろう」
見れば、自分の蒲団《ふとん》には枕が二つ並べてある。しかも、その一つは男物――寝巻までが、ちゃんと二人前揃えてある。
お角はあきれて、せせら笑いながら、一ぷくのみ終って、静かに女中を呼びました。
「姉さん、間違えちゃいけないよ、こっちは独身者《ひとりもの》なんですから」
可愛らしい小女の女中は、そう言われて、いっこうのみ込めず、
「でも、お客様、さっき、あなた様のあのお若い衆さんとは別なお連れだという方が、ちょっとお見えになりまして、おそく帰るかも知れないから、こうしてお床をのべておくようにと、お指図をしておいでになりました」
「冗談《じょうだん》じゃありません、そりゃお門違《かどちが》いですよ」
「それでも、たしかに、こちらへお帰りになるからとおっしゃいました」
「いけない、いけない、戸惑いもいいかげんにしないと罰が当りますよ、かまわないから、片づけちまって頂戴……」
「それでも……」
「遠慮することはないじゃないの、一晩で
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