とをしたつもりはなかろうが、その飛ばっちりが悉《ことごと》くわれわれの身にかかって、いい迷惑をしてしまったよ」
 仏頂寺がいう。兵馬はそれにも申しわけ。
「諸君に御迷惑をかけたつもりはないのだが……」
「あとのことは君は知るまい……時に、女はどうしたえ、どこへ連れ込んでしまったのだ、え、宇津木君」
 仏頂寺がすり寄ると、兵馬は迷惑そうに、
「女というのは、誰のことだ」
「しら[#「しら」に傍点]を切っちゃいかん、浅間の温泉場を沸き返るような有様にして、置去りにしたわれわれに一切の尻拭いをさせ、自分だけがいい子になって、お安からぬ道行とは、年にも、面《かお》にも、似合わない君の腕、全く穏かではない」
「それは諸君の勘違いだ、なんで拙者が、そんなばかげたことをするものか、第一、拙者がそんなことをするくらいなら……」
「言いわけはいよいよ暗い。浅間では、たしかに君が、あの女をかどわかして逃げたと、みんなそう信じている。よく聞いてみると、なるほどそう信ぜられても弁解の辞《ことば》がないほど、すべてが符合するのだ」
「それには、事情がある……偶然の戸惑いで……」
「その弁解を聞く必要はない、その女が、君の手にあるかどうかを聞けばいいのだ。現在、ここにいなければ、どこへ隠したか、それを聞けばいいのだ。それを聞いたからったって、なにも君からその女を取り上げようの、どうのというのではない、君もその女が好きだというし、女もまた君にたよりたいという心があるなら、われわれも一肌ぬごうではないか。女をどうした、それを白状しろ」
「知らない、左様な女には、全くかかり合いがない」
 兵馬がいいきった時に、表で馬の鈴の音です。兵馬の顔の色が少し変りました。

         七

 よくないところへ――頼んでおいた童《わらべ》が馬を引っぱって来たが、その馬の上には、あつらえ通りの女の人が乗っていたが、下りようともしないで澄ましている。
 手綱《たづな》をかいくったままで、童はのれん[#「のれん」に傍点]をかきわけて、
「旦那様、おいででしたかね」
「うむ」
「頼まれたお方を、お連れ申しましたよ」
「それは御苦労」
 そこで、はじめて、女は馬から下ろしてもらうと、笠を取って、杖を持ったままで、しゃなりしゃなりとはいって来て、
「あなた、あんまりよ」
といって、流し目に兵馬を睨《にら》みました。

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