はいえ、寄りつけたものではない。手のつけようも、足の入れようもあるものではない。よし、手のつけようと、足の入れようがあったにしてみたところで、かりに、その四個の生命が、この猛火の下に埋《うず》もれているとしてみて、それを、壁と、土と、木と、釘との焼屑と、どうして見分ける。
「飛んでもねえことだ、お気の毒なことだ、四人が四人、一人も助からねえとは……」
さればこそ、この険悪と、憂色とが、すべての人を覆うている。この時、一方に遥《はる》かに歓声が上って、
「お嬢様がお帰りになりました、小坊主の弁信さんと一緒に……」
人をかき分けた伊太夫は、お銀様を抱いて、火のようなうれし涙を見せました。
しかし、お銀様はわりあいに冷淡で、そうして少しく臆病であっただけです。
弁信が悄々《しおしお》として、それにつづいて来たけれど、伊太夫は、それを叱ることも、憐《あわ》れむことも、なすいとまがなく、
「お勝はどうした、三郎も一緒か」
と叫びました。
お銀と、弁信と、二個の生命が、ともかくも無事でここへ現われて来たのが夢でない以上は、つづいて、もう二つの最愛の後妻と、生みの男のひとり子とが、そのあとに続いて来てもよかりそうなものではないか。
ところが、それが無い!
伊太夫は片腕にお銀様を抱えながら、しきりに片手を振って叫びました、
「お勝――三郎、三郎とお勝はどうした、お勝と三郎はまだ見えないか」
しかし、いずれからも、その二人の姿は見えて来ないのみならず、どちらから来る報告も、その有望をもたらすことがありません。
伊太夫は絶望の眼を以て、火の色を見つめました。
しかし、前にいうところの如く、たとい余燼《よじん》なりといえども、この余燼の灰を掻《か》くまでには、まだ相当の時間を待たなければならないことです。よし、相当の時間を待ってみたところで、この盛んな大家の災火の底に、かりに不祥極まる運命の人間が横たわっているとして、その一片の舎利《しゃり》を発見し得る望みがありますか。
伊太夫の周囲を取巻く人は、みな、期せずして同じように、絶望の色を漂わせていないものはありません。
それは、前後の事情を聞き合わせて想像してみると、どうしても、不祥な判断に落ちて行かないということはできないのです。
たとえば、一方においてこれらの人間に聞かれないところの、ある物蔭において、雇人た
前へ
次へ
全187ページ中182ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング