に吠えられる奴が、みんな悪い奴たあ、いえねえかも知れねえが、ムクに吠えられる奴は悪人だ」
「どうして」
「ムクという犬は、いい人に向っては、決して吠えねえ犬なんですから……」
「いよいよ冗談ものだ、人間でせえ、人物の見定めというものは容易につかねえ、まして犬に、人間の賢愚、不肖がわかってたまるものか」
「ところがムクには、それがわかるから不思議じゃありませんか――もし、お前さんが、ムクに吠えられて、ムクに追われたとしたら、お前さんは、たしかに悪いことをして、そうしてここへ追いつめられておいでなすった人に違えねえ……」
 与八がキッパリと言いきったので、七兵衛が、思わず眼をみはって与八の面《かお》を見ました。
 与八の言葉を聞いた七兵衛は、非常に驚かされてしまいました。
 この若い男は、少し足りない男のように思われるが、その言い出すことは、人の腸《はらわた》を読んでいるようだ。
 いや、この男が読んでいるならとにかく、その何とかいう犬が、こっちの裏も表も読みきっていて、善悪正邪も、賢愚不肖も、いちいち鑑定して置いて、吠えにかかるのだというのが癪《しゃく》じゃないか。
 どこまでも、世渡りの裏を行って、生馬《いきうま》の眼を抜くという人間共のかすりを取って、なにくわぬ面《かお》で今日まで生きていられた自分というものが、今晩はここで、人並足らずの間抜けのような若い男と、畜生の一つのために腸《はらわた》まで見透かされているというのも、痛いような、痒《かゆ》いような、くすぐったいような、わけのわからぬ訳合《わけあ》いのものだ。
 そこで七兵衛は、空しく、
「なるほど」
と頷《うなず》いて、与八の面《かお》をながめたっきりです。
「この縄を取っておくんなさい」
と与八が言いました。放心したもののような、緩《ゆる》めきってはいたが、さいぜんの縄は、やはり与八の首に巻きついているには、巻きついていたのです。
「なるほど」
と言ったが七兵衛は、要求通り、その縄を外《はず》してやろうでもなし、それを強く締めようでもなし。
「ねえ、縄を取っちまっておくんなさいよ」
「ま、待ってくれ」
 七兵衛は耳を澄まして、何か物の気配《けはい》をうかがおうとしているのは、つまり犬が怖いのでしょう。たった今吠えられたという犬が、自分のあとを追いかけて来て、或いはその辺の戸際に待伏せでもしてはいないか。一
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