らうことに慣れているから、それで、今もその伝で行こうとすると、
「おい、われわれどもは剣術を遣《つか》いに来たのではないぞ」
 七人の者が、与八を取囲むようにしました。
「はい」
 与八は、ぼんやりしました。いつもの客ならば、それで納得《なっとく》して帰るはずなのですが、これは剣術のために来たのではない――と言う以上には、何か別用があるに相違ない。それは、ちょっと今の与八には解《げ》せないことだと思いました。
「主人がいるか、主人がいるなら出せ」
「はい」
と与八は、七人の異体の知れぬ豪傑の面《かお》をパチクリと見ただけで、主人へ取次ごうともしないらしいから、七人の異体の知れぬ豪傑のうちの一人があせり出し、
「おい、主人がいるかと申すに。われわれどもが揃って、こうして主人に面会に参ったということを早く取次げ」
「はい」
 与八は、やはり呆気《あっけ》に取られて、箒を斜めに持ったなりで、はかばかしい返事もしないし、取次ぎもしようとしないから、
「早く、主人に取次げと申すに。われわれどもが打揃って参ったことを、主人に取次いで参れ、参れ」
「はい……あの、皆々様、まことに済みませんでございますが、こちらの家には、主人というものはおりましねえのでございます」
「ナニ、主人がない……主人のない家というものがあるものか、主人のない家というのは、首のない胴体と同じことだ」
「ところが、主人というものが、この屋敷にはいねえんでございますから、お取次を申すこともできなかんべエ」
と与八が言いました。
「怪《け》しからん、居留守をつかって、逃げると見える――」
 七人の異体の知れぬ豪傑たちは、一様に肩をそびやかして、すごい眼をしましたから、与八が心配をしました。
「旦那様方は御承知ないんでございますか知ら、ここの屋敷の大先生《おおせんせい》というのは、とうにおなくなりになっておしまいなさったし、若先生は行方知《ゆくえし》れずになっておしまいなすったのでございますから……」
 与八が弁解を試むると、それと知ってか、知らずにか、七人の異体の知れぬ豪傑のうちの一人が、総代|面《がお》に、
「しからば、留守を預かるのは誰人《だれびと》だ、その責任者を出せ!」
「その留守番は、わたしと、お松さんと、二人でございます、お松さんは、ただいまよそへ出ましたから、わたし一人だけでお留守番をしているんでご
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