らな唇でぺらぺらしゃべり出し、嘘八百のおべんちゃらを並べて、とどのつまり、拙《せつ》もこれでかなりの色男でゲス、というような見得《みえ》をきるものだから、
「金公、お前、そうして締りなくしゃべり歩いて、それでも少しはいろ[#「いろ」に傍点]は出来るのかい」
とお絹が高飛車に言いました。
「へ、へ、へ、へ、そう見くびったものでもございません、これでも男のハシクレでございますからな」
金助は、しゃあしゃあとして顎《あご》を押えたから、お絹もあきれていると、金公いよいよ納まり返って、
「御覧《ごろう》じませ、こうしておりますてえと、それ金さん、お召物を差上げましょう、ヤレ金公、お小遣《こづかい》を持って行きなと、諸方からこの通り恵んで下さいますので、金助、いっこう生活《くらし》に不自由というものを感じません」
「あきれちまうねえ――そういえばこの羽織なんぞも、そんなに悪くない羽織だが、どこから恵まれたの」
といって、お絹がヤケにぐんぐんと金助の着ていたゾロリとした羽織を引張ってみました。
「どうか、おてやわらかに願いたいもんで。尤《もっと》も多少お手荒く扱われましょうとも、さめたり、破れたりする品とは、品が違いますんでございますが、それに致しましても、冥利《みょうり》というものがございますから、ずいぶんおてやわらかにお願い申したいもんでゲス」
そこでお絹が、
「ほんとに世間には物好きもあったもんだね、惜しいよ、こんな野郎に、こんな羽織をかぶせて置くなんぞは」
といって、二度《ふたたび》、ヤケに金助の羽織を引っぱり廻すと、金助は火のついたように、それを振り払い、
「滅相な、もし羽織に怪我でもあらせるようなことになりましては、あの人に済みません」
「ばかにしているよ、あの人とはいったい誰のことなの、当節、金公にこの羽織を恵むなんて茶人も、世間にはあるものか知らん」
「ところが、その茶人が、あなた様のお知合いの中にあるんでございますから、争われません」
「冗談《じょうだん》をお言いでない、わたしの知っている限りで、これだけの羽織を、金公に恵んでやるような度胸の奴は一人もありません」
「ところが大有りなんですから、有難いじゃございませんか」
「ふ、ふ、ふ、お前には綿銘仙《めんめいせん》の羽織か、双子《ふたご》の綿入あたりが相当しているよ、どこのおたんちんが、こんなゾロリとした
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