ついてしまいまして、
「御免なさい、御免なさい」
あるじの何者であるかは知らないが、自分たちに、無断侵入の引け目のあることは、充分に自覚しているし、それを叱った人の声こそ大きくないが、姿を見れば立派なお武家と見えるのに、その怖ろしい顔――素《す》では特別に怖ろしい顔ではないが、その生れもつかぬ三眼《みつめ》が承知しない。
そこで彼等三人の子供は、即座にお手討にでもなってしまうかの如く恐怖して、へたへたにかしこまって、申し合わせたように頭を下げてしまいました。
しかし、このとき神尾は、また特別にこの子供らに対して、怒りを移すべき事情を持っていなかったのですから、そう烈しい言葉で叱ったわけではありません。
「お前たち、だまって人の屋敷へ入り込んではいけないじゃないか」
「御免なさい」
「どこから入ってきた」
「あそこから入って来ました」
「あんなところに、お前たちの入れるようなところは無いはずだ」
「三ちゃんちから梯子《はしご》を借りて来て、かけて入りました」
「梯子をかけて、人の屋敷へ入ったって? お前たち、今からそんなことを覚えると、いまに大泥棒になってしまうぞ」
主膳は真顔で言いましたが、七兵衛でも聞いていた日には、さだめてくすぐったいことでしょう。
「御免なさい」
「人の屋敷へ入る時には、一応ことわって、許しを受けてからでなけりゃいかんぞ」
「もう、これきりしませんから、御免なさいまし」
「よし、そうしてお前たち、むやみにそうひっぱったって、凧《たこ》は取れるもんじゃない、そう無茶にひっぱれば、凧が取れないのみならず、凧が破れる、凧が破れるのみならず、肝腎《かんじん》の植木が台なしになってしまう」
「御免下さい、もうしませんから」
「よし、わしが取ってやる」
主膳は、立って、縁へ出で、庭下駄をはいて下り立ち、上手に木を撓《たわ》めて、丹念に、糸と、糸目とを小枝から外《はず》して、
「さあ、取れた。お前たち、糸をその辺のいいところで切れ」
「おじさん、有難う」
子供らは、おじぎもそこそこ、その凧を持って、丸くなって、逃げるように引上げて行く後ろ姿を、神尾主膳は飽かずに見送っておりました。
十九
主膳が、これからひとつ、子供を相手にして遊んでやろうという気になったのは、この時にはじまるのであります。
これは、主膳にとって善心のゆ
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