、高山へ登らないものですかね?」
と、眠そうな声で、念を押したものがありました。
「左様、神主サンというものは、高山へ登らないものだ」
 山の通人が、いよいよそっくり返ったのは、相変らず出来星《できぼし》の博士が、小学校の生徒を相手にするような態度でありました。そうすると一座の中から、突然に、
「御冗談でしょう」
とひやかし気味に、やり返すものがある。
「何ですって?」
 山の通人も、気色《けしき》ばむ。
「いつ、神主サンが、高山へ登って悪いという規則が出ましたか?」
「誰も、規則が出たとはいわないが、神主は高山へ登らないもので、高山で行《ぎょう》をするのは修験《しゅげん》のつとめだ」
「お前さん、博識ぶって、燈台|下《もと》暗しのことを言いなさんな、神主が、高山に登らないなんてタワ言を言うと、お里が知れますぞ」
「ナニ?」
「論より証拠を、お聞きに入れましょう」
といって、山の通人と喧嘩を買って出たのは、池田良斎の一行、北原賢次であります。
 一座のものは、傲慢《ごうまん》無礼な山の通人の博識ぶりに、不愉快を感じていたところですから、この喧嘩相手の出たのを、むしろ痛快に感じてだまって
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