か。
 そういうことをして、かりに天下というものを取ってみたところで、それがどうなる、それにはそれだけのたたりというものがあるぜ――西郷という男も、末始終はいい死にようはしねえだろう……といったようなことを、七兵衛が考え出しました。ははあ、ひとごとじゃねえ、おれももう盗人《ぬすっと》はやめだ。
 そう忌気《いやけ》がさしてみて、さて、盗人をやめて、これからどうなる――ということを考えると、七兵衛が、どうでものがれられない縄にからみつけられているように思う。おれが盗人をやめて、穏かな百姓で終りたいという念願は、今にはじまったことではないのだが、それがそうならないで、そう考えるごとに悪い方へのみ深入りしてしまうのは、いったいどういうわけだろう。自分が意気地無しだから、とばかりは言えないではないか。
 それと同じように、天下を取るというような連中も、人殺しをするような連中も、自分で好《す》いて好《この》んでやるわけではない、どうでもそう行かなければならないように糸であやつられている。思えば人間というものは、ハカないものだ……
 七兵衛は今まで、こんなに浅ましさを感じたということはありません。
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