たもの。
わたしは沼へでも遊びに行って、この気散じを致しましょう……」
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十二
炉辺の閑話に蚊話《かばなし》が持上った時、その最後に、楽翁公の寛政改革について大いに意気を揚げ、蜀山人《しょくさんじん》を罵《ののし》る者がありました。
楽翁公が大いに文武を奨励して、士風堕落をもり返そうと企てられたのを、「か」ほどうるさきものはなし、「ぶんぶ」といいて夜もねられず、とは何事だ。
徳川中興以後、松平楽翁だの、水野越前だの、問題ではあるが井伊掃部《いいかもん》だのという、名望と、手腕とを、備えた政治家が出でたればこそ、今日まで持ちこたえたのである。
政治家は、もとより民衆の友ではあるが、人間の下劣な雷同性におもねるような政治家は、世を毒すること、圧制家よりも甚《はなは》だしい。蜀山という男は、微禄ながら幕府の禄を食《は》む身分でありながら、一代の名政治家を蚊にたとえるとは言語道断である。あの堕落、阿諛《あゆ》、迎合、無気力を極めた田沼の時代でさえ、
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世に逢ふは道楽者におごりものころび芸者に山師運上
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