ました。ナゼならば、彼等はいずれも一生懸命で、鳴り[#「鳴り」に傍点]をしずめ、息をこらして、忍び込んでいるつもりではあるが、そのあたりの空気を動揺させること夥《おびただ》しい。
 番人がなまけているからいいようなものの、気の利《き》いた奴に見つかった日にはたまらない。ああして下りて来るところを待構えていれば、子供でもあの四人をうって取れる……素人《しろうと》だな。気の毒なものだな。
 しかし、素人にしては、あのいでたちの本格。忍びの者として寸分すきのない、たしかにすおう[#「すおう」に傍点]染の手拭で顔をつつみ、ぴったりと身につく着込《きこみ》を着て、筒袖、長い下げ緒の短い刀、丸ぐけの輪帯、半股引、わらじ。
 こういったようないでたち[#「いでたち」に傍点]は、かいなで[#「かいなで」に傍点]の町泥棒にはやれない。
 そこで七兵衛は、引続いて判断を加えてしまいました。
 これは物とりに江戸城へ入り込んだのではない。他に重大なる目的あって来たのだ。四人とも、いずれも武士階級に属するもので、潜入者としては素人だが、忍びの術において、相当の知識と経験とを教えられ、その一夜学問で、この冒険を決行したものに相違ない。
 事は面白くなった。七兵衛はそこで、玄人《くろうと》が、素人《しろうと》のする事を見て感ずる一種の優越感から、軽いおごりの心を以て、この新来の同業者――同業者でないまでも、同行者の仕事を、試験してやろうという気になりました。
 玄人から見れば、極めて無器用な潜入ぶり。しかし素人としては大成功に塀を乗越した四人づれは、七兵衛のあることを知らず、やはり取敢《とりあ》えずの息つぎとして、このお薬園をえらんで、七兵衛のツイ眼と鼻の先へ来て、かがんで額をあつめたから、七兵衛も苦笑をしないわけにはゆきません。
「まずうまくいったな!」
「これからが大事《おおごと》だ。真暗《まっくら》でかいもくわからん、いったい、紅葉山はドレで、西丸はどっちの方だ?」
「左様」
 彼等は、最低に声をひそめてささやき合ったつもりだろうが、こんなことでは、やはり物にならない。おれの耳には、十町先でこの声が聞える――と、七兵衛はまた、その時にもそう思いました。
「ちえッ――西も東も闇だ」
 一人が懐中をさぐったのは、この場に至って、絵図面でも取り出すものらしい。まだるい話だ。七兵衛が呆《あき》れ
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