けれども、また一方からいうと、今の主膳は、もう、それをさまでやきもきとはしていないようです。もう今までに、金で遊べるところでは大抵遊びつくしているし、金で自由になる女はたいてい自由にしているし、金に渇《かつ》えている時分にこそ、金があったらひとつ昔の壮遊を試みて、紅燈緑酒の間《かん》に思うさま耽溺《たんでき》してみよう、なんぞと謀叛気《むほんぎ》も起らないではなかったが、金が出来てみると、そんな慾望がかえって鎮静し、紅燈とやらにこの傷をさらし、緑酒というものにこの腸《はらわた》を腐らせるような遊びが、古くて、そうして甘いものだという気になって、額を撫でながら、ニヤリニヤリと笑いました。
 同時に、ここに集まったたのもしい旧友とても、同じような経験に生きている連中で、もう一通りの遊び方ではたんのう[#「たんのう」に傍点]ができないし、遊ばれる方でも、こういった悪ずれのお客様は、あんまりたんのう[#「たんのう」に傍点]したくないということになっている。
 主膳は自分で、乱に至らない程度の酒を加減しいしい飲みながら、一座に向って、自分の胸底にひめていた新しい計画を、ソロソロとうちあけて、連中の同意を求めにかかる。
 ことあれかしと期待しているこの連中が、主膳の秘策なるものに共鳴せずという限りはあるまい。
 秘策といっても、それは別のことではない、われわれ世間並みの女という女を相手にしつくした身にとって、この上の快楽として、大奥の女中を相手にして遊んでみようではないか、というだけのことであります。
 こういうたくらみは、今までしばしばこの連中の想像にも上り、口の端《は》にも上ったのですから、特に奇抜な思いつきでもなんでもないのですが、この際、本気になって実行にとりかかろうという事の密議が、一座の者の固唾《かたず》を呑ませるだけのものであります。
 後宮三千というのは支那の話。事実、千代田の大奥に、ただいまどのくらいの女中がいるか知らないが、それらはみな、女護《にょご》の島《しま》の別世界をなして、幸いを望んでいる。
 密議半ばで、一座のいなせなのが、あんどんに向って、独吟をはじめました。
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一肌一容《いつきいちよう》、態ヲ尽シ妍《けん》ヲ極メ、慢《ゆる》ク立チ遠ク視テ幸ヒヲ望ム。見《まみ》ユルコトヲ得ザルモノ三十六年……
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 そ
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