でもない。人に言わせれば、相手が相手だから、それでのろい[#「のろい」に傍点]のだと笑うかも知れない。
さて、女の酔っぱらいを醜態の極として、日ごろ、排斥《はいせき》はしていながら、こうして見ると、やはり一種の同情が、兵馬の胸には起るのを禁ずることができません。
どのみち、こういった社会の女だから是非があるまい。自分が嫌いでも、客のすすめで飲ませられることもあるだろう。
またなかには、酒でも飲んで心を荒《すさ》ましておかなければ、たまらない女もあるだろう。
どのみち、好んでこういう社会に入りたがる女ばかりあるものではないから、ここに来るまでには、それぞれ相当の身の上を以て来たのだろうから、それをいちいち、きびしい世間の体面や礼儀で責めるのは、責めるものが酷である。
むしろ、こうして、前後もわからないほどに酔っぱらって、人の座敷へころがり込み、人の寝床へもぐり込んで寝てしまうようなところに、たまらない可愛らしさがあるではないか――世間の娘や、令嬢たちに、こんな振舞をしろといってもできまい。それを平気でやり通すようになっているところに、無限のふびんさがあるではないか。
奥深いところにいる――奥深いところでなくても、普通のいわゆる良家の女性には、どんなにしても、そうなれ近づくわけにはゆかないが、この種類の女に限って、いかなる男子をも近づけて、その翻弄《ほんろう》をさえ許すのである――その解放と、放縦《ほうじゅう》によって、救われなかった男性が幾人ある?
兵馬は、この種類の女を憎いとは思わない。それは清純なる男子の、近づくべからざる種類のものであるとは教えられていながら、今までも、さのみ憎むべきゆえんを見出せなかった。
だから、ここでも、その睡眠を奪う気にはなれず、よしよし、このまま寝るだけ寝かしておけ、寝るだけ寝たあとは、さめるまでのことだ。こよい一夜は、自分の寝床を犠牲にしたところで、功徳《くどく》にはならずとも、罰は当るまい。
兵馬もこのごろは、世間を見ているから、それとなく粋を通すというような、ユトリが出来たのかも知れません。
そこで女は寝るままに任せて、自分は荷物を枕に、合羽《かっぱ》を引きまとうて、火鉢のそばへ横になりました。
二十
夜が明けると、兵馬は早立ちのつもり。
女はそのままにして置いて、出立してしまおうと、
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