ッつかまえ、思いきり投げ飛ばして、締めか、逆かで、目に物を見せてくれようという策戦を立てました。
 この計策、見事に当って、大の男をズデンドウと投げ出したのは、めざましいばかりです。
 投げると共に飛び込んで行った白雲は、無残に大の男の首をしめてしまいました。
「サア、どうだ!」
 返答のないのも道理。大の男は一たまりもなく、完全に落されていました。
 入口に立って見ていた駒井甚三郎は、田山白雲の武勇の程に驚いてしまい、投げたらば、抑え込みか、逆かで、相当に苦しめて許してやるのだと思っていたところが、グングンしめてしまったものだから、これは過ぎる――いくらなんでもやり過ぎるわいと、またしても白雲の暴力に怖れをなした様子で、
「大丈夫ですか?」
と念を押しますと、
「大丈夫です、ほうって置けば、生き返りますよ」
 白雲は、一息入れる。
 それと同時に、気にかかることがあって、食堂と、料理場の間の戸、つまり大の男が進退きわまった戸口をあけて見ると、かわいそうに、そこで金椎《キンツイ》が泣き出しそうな顔色をして、料理場の中を、右往左往に狼狽しています。
 そうでしょう、自分が一睡の間に、自分の王国は、すっかり荒されて、丹精して晩餐《ばんさん》に供えようとした材料は、すべて食いつくされているのだから。そうして、これから迫った時間の間に、その復興をしなければならぬ。
 その復興はできるとしても、誰がいつのまに来て、こんな手きびしく乱暴を働いて行ったのだか、皆目わからない。
 いたずらをするとすれば、これは清澄の茂太郎にきまっているが、これは茂太郎のいたずらとしては、規模が大き過ぎている。
 ことほどに、自分の持場を荒されて、全然それに気がつかなかったということは、損害の問題ではなく、自分の職務の、責任の問題だという顔をして、それでも差当りの急は、悔いているよりは働かなければならぬ、とりあえず差迫った晩餐の復興を、根本的にやり直すことに全力を注がなければならぬという気持で、悲痛と、憂愁の色をたたえながら、料理場の中をしきりに奔走しているのです。金椎の耳には、ただ今、この隣室で行われた大活劇もはいらなかったものと見える。
 そこへ、田山白雲が顔を出したものですから、金椎は申しわけのないような顔をする。
 ただいま、泥棒がはいってこの通りでございますと、訴えれば訴えられるのをこの少
前へ 次へ
全126ページ中89ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング